ラウル・デュフィ『モーツァルトに捧ぐ(小)』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||
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ラウル・デュフィ『モーツァルトに捧ぐ(小)』 |
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本来の固有色とは無関係にすべてが青へと収束されていく色彩のトーンは「明るい哀しみ」と評される。
モーツァルトの音楽をよく表現し、音楽への愛と描く喜びを、ひとつの色彩のグラデーションのなかに 描き出すことに見事に成功している。 ◆ ラウル・デュフィ(Raoul Dufy) ◆ 1877 6月3日、フランスのル・アーヴルで生まれる。 早くからコーヒー輸入会社に勤務する。 1892 市立の美術学校の夜間課程に通う。 1900 ル・アーヴル市より奨学金を得てパリに出る。 国立美術学校に入学し、レオン・ボナのアトリエで学ぶ。 1903 アンデパンダン展に出品(〜1913年)。 1905 サロン・ドートンヌで賞賛されたマティスの作品に影響を受けフォービズムへと向かう。 1906 ベルト・ヴェイルで初めての個展、サロン・ドートンヌにも初めて出品。 1910 生活に困窮し、生活のために版画制作を行う。 ギョーム・アポリネールと親交を結び、彼の『動物詩集』のための挿絵を木版画で制作。 1912 リヨンのビアンキーニ=フェリエ商会とデザイナー契約を結ぶ。 1919 地中海のヴァンスに滞在、木版画をやめ、リトグラフの制作をはじめる。 1921 ベルネーム=ジュンヌ画廊で個展、1932年まで定期的に展覧会を開催。 1925 モロッコへ旅行し、水彩画を制作。 1936 世界万博の電気館のパビィリオンのための巨大な装飾壁画『電気の精』の依頼を受ける。 1937 「アンデパンダン展の巨匠たち」展に34点を出品。 1950 ボストンに渡り、リューマチの治療をうける。 1952 ジュネーブの美術歴史博物館が最大規模の個展。ヴェネツッア・ビエンナーレで国際大賞を受賞。 1953 3月23日、心臓麻痺により逝去、享年75歳。 |
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