東洲斎写楽『竹村定之進妻桜木』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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東洲斎写楽『竹村定之進妻桜木』 |
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38・二代目小佐川常世の竹村定之進妻桜木
この図は、寛政六年五月河原崎座の「恋女房染分手綱」に登場する小佐ll晴世役の桜木である。 この常世という女方は、愁嘆事に秀いで、花やかさに乏しく「実六分花四分」と評された役者である。しかし当時の有名な女方であった瀬川菊之丞、岩井半四郎につぐ名女方であった。そうした常世の芸風が、この絵では実によく描出されていて、写楽の役者絵の本質を実によく具現しているといっていい。 顔面描写の固さにも、裲襠の緑に対して、着物の薄紅の対照にしても、襟の白の部分を広くとったことにも、どこか寂しさがあり、切腹して果てる妻の心情といったものが如実に感じられ、ごく地味な絵であるが、写楽の芸術を知る上では、最も重要な作品の一つであると思う。 ◆東洲斎 写楽(Sharaku Toshusai)◆ 1794年にデビューし、およそ10ヶ月間に約140点の錦絵を描いて、忽然と姿を消した江戸時代の浮世絵師。 『江戸名所図会』などで知られる斎藤月岑が、写楽の本名は阿波の能役者、斎藤十郎兵衛であると、 書き残しているが、十郎兵衛の実在が確認出来なかったことから、誰か有名な絵師の変名ではないかと いうことで、「写楽別人説」が唱えられた。 写楽の作品は、殆どが役者絵である。描かれた役者と役柄から上演時期が判明しており、 役者絵の発表時期は4期に分けられる。なお、すべて蔦屋重三郎の店から出版されている。 第一期が1794年5月(28枚)、第二期が1794年7月・8月、第三期が1794年11月・閏11月、第四期が1795年1月に 当たる。写楽の代表作とされるものは第一期の作品で、後になるほど生彩を欠いてしまう。 このほかに相撲絵なども残している。 画風はきわめて個性的で、勝川春草により始められた個性描写をさらに発展させ、鋭い観察眼をもって 俳優の表情や手の動きなどをとらえてそれを造形的に強調し、みる者に強く印象付ける。 しかし、当時は、その醜悪な程の迫真的な作風が俳優や観客の不評をかい、絵師としての生命を縮めた。 大正時代に、ドイツの美術研究家クルトが、写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞し、 日本でも再評価されるようになった。 |
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