東洲斎写楽『二見屋娘お袖』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||
| ▲戻る トップページ > 木版画 > 東洲斎写楽 | ||||||||||||||||||||
|
東洲斎写楽『二見屋娘お袖』 |
|
|
|
|
36・岩井喜代三郎の二見屋娘お袖
この図は、寛政六年七月、河原崎座上演の二番目狂言「桂川月思出」に登場する二見屋という宿屋の娘役である。 この絵は写楽第二期作品の細判中では出色の出来である。黄摺背色に、さらに黄八丈の縞を着物に描いたところに写楽の大胆な色彩感覚があるといっていい。全体にこの黄っぽい色彩をかっきりと引きしめているのが、黒い襟と裾廻し、そして濃緑の帯である。この二つの色め寸分の狂いのない位置の効果には素晴らしい写楽の芸術感が巧まずに現れている。 さらにこの絵を見事にしているものに、姿態の彎曲した歌舞伎の女形の女らしい描写がある。しかもこれを助けるものとして、左手の位置、そのもつ長煙管と左手で煙草をつめている、その左手の位置がある。この技巧は驚くぺき写楽の芸術であって、写楽が歌舞伎を熟知し、歌舞伎を実際に描写したことを示すものである。 ◆東洲斎 写楽(Sharaku Toshusai)◆ 1794年にデビューし、およそ10ヶ月間に約140点の錦絵を描いて、忽然と姿を消した江戸時代の浮世絵師。 『江戸名所図会』などで知られる斎藤月岑が、写楽の本名は阿波の能役者、斎藤十郎兵衛であると、 書き残しているが、十郎兵衛の実在が確認出来なかったことから、誰か有名な絵師の変名ではないかと いうことで、「写楽別人説」が唱えられた。 写楽の作品は、殆どが役者絵である。描かれた役者と役柄から上演時期が判明しており、 役者絵の発表時期は4期に分けられる。なお、すべて蔦屋重三郎の店から出版されている。 第一期が1794年5月(28枚)、第二期が1794年7月・8月、第三期が1794年11月・閏11月、第四期が1795年1月に 当たる。写楽の代表作とされるものは第一期の作品で、後になるほど生彩を欠いてしまう。 このほかに相撲絵なども残している。 画風はきわめて個性的で、勝川春草により始められた個性描写をさらに発展させ、鋭い観察眼をもって 俳優の表情や手の動きなどをとらえてそれを造形的に強調し、みる者に強く印象付ける。 しかし、当時は、その醜悪な程の迫真的な作風が俳優や観客の不評をかい、絵師としての生命を縮めた。 大正時代に、ドイツの美術研究家クルトが、写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞し、 日本でも再評価されるようになった。 |
| [ HeRO Skin Ver 0.12 ] |
