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東洲斎写楽『奴江戸兵衛』

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技法(種別)  
木版画 
外寸サイズ
44×37cm
内寸・その他サイズ
30×20cm

[補足説明]
新品 額付 用紙:越前生漉奉書・手摺り 復刻版
 
店頭価格 15,750円(税込)
販売価格 8,400円(税込)

[作品のお問い合わせ]
29・二世大谷鬼次の江戸兵衛
 この絵は写楽作品中ではよく知られた有名な絵である。寛政六年五月の河原崎座上演の「恋女房染分手綱」に登場し、悪人鷲塚八平次の手下の役である。勿論悪人の一味でありこの絵を一見しただけで、敵役大谷鬼次のマスクに、またポーズにも敵役そのものの凄味が現われでいる。無理にも引きゆがめられて一文字に結ばれた口、角形の紅隈で限られた二つの陰惨な眼、パットひろげられた両手の表情には、見る人を引き込むような追力がある。
悪方の一瞬が、これほど緊迫感をもって描かれている絵はない。その緊迫感は、つき出した顔面を大きく描き、そこに重点が置かれているので、迫るカに圧倒されるのである。両手の描写にいささか不自然があるが、それはむしろ一つの雰囲気として必要であるだけで、さして問題ではない。それよりも、この絵を傑作にしている一つの要素は、その色彩にある。
大敵でない、それでいて憎らしい、という端敵役であるために、その衣裳はかえって安手に派手であるのは歌舞伎の常道で、その役柄の色がここに出ている。紅穀色の地に黄の縞も派手なら、襦袢の紅、着物の裏の濃緑も派手である。この派手さが、不気味なマスクをさらに憎くたらしく見せている。写楽の芸術を直載に知るにいい作である。
 二世大谷鬼次は、三世大谷広次(第14図)の門人で、永助、春次をへて師の前名鬼次を継いだ。当時は実悪方の「上上白吉」の位にあった。寛政六年十一月には二世中村仲蔵の名をついで、写楽はこの襲名の時の狂言も描いているが、同八年十一月に三十六歳で没した。

◆東洲斎 写楽(Sharaku Toshusai)◆
 1794年にデビューし、およそ10ヶ月間に約140点の錦絵を描いて、忽然と姿を消した江戸時代の浮世絵師。
 『江戸名所図会』などで知られる斎藤月岑が、写楽の本名は阿波の能役者、斎藤十郎兵衛であると、
書き残しているが、十郎兵衛の実在が確認出来なかったことから、誰か有名な絵師の変名ではないかと
いうことで、「写楽別人説」が唱えられた。

 写楽の作品は、殆どが役者絵である。描かれた役者と役柄から上演時期が判明しており、
役者絵の発表時期は4期に分けられる。なお、すべて蔦屋重三郎の店から出版されている。
第一期が1794年5月(28枚)、第二期が1794年7月・8月、第三期が1794年11月・閏11月、第四期が1795年1月に
当たる。写楽の代表作とされるものは第一期の作品で、後になるほど生彩を欠いてしまう。
このほかに相撲絵なども残している。

 画風はきわめて個性的で、勝川春草により始められた個性描写をさらに発展させ、鋭い観察眼をもって
俳優の表情や手の動きなどをとらえてそれを造形的に強調し、みる者に強く印象付ける。
しかし、当時は、その醜悪な程の迫真的な作風が俳優や観客の不評をかい、絵師としての生命を縮めた。
 大正時代に、ドイツの美術研究家クルトが、写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞し、
日本でも再評価されるようになった。





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