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東洲斎写楽『鷲塚官太夫の妻小笹と鷺坂佐内の妻藤波』

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技法(種別)  
木版画 
外寸サイズ
44×37cm
内寸・その他サイズ
30×20cm

[補足説明]
新品 額付 用紙:越前生漉奉書・手摺り 復刻版
 
店頭価格 15,750円(税込)
販売価格 8,400円(税込)

[作品のお問い合わせ]
20・岩井喜代太郎の鷺坂左内の妻藤波と坂東善次の鷲塚官太夫の妻小笹
 この絵は前図の坂東彦三郎の鷲坂左内の絵と同じく、寛政六年五月河原崎座上演の「恋女房染分手綱」の登場人物であるが、つまり善人悪人の二人の妻を描いている。第一期作品中二人立半身図は五枚あるが、この図だけが対面でなく、同一方向を向いた構図となっている。そのために、構図的にいささか平板である。また描線が多いのも写楽の画法としては異色である。また同じ系統の色彩が、二人の裲袖と帯の色に用いられているのも疑問である。
しかし、これらの点があったとしても、坂東善次の屈曲のある力強い性格描写には写楽の鋭い芸術力が見られる。
悪方の女方としては圧巻である。これに対して、喜代太郎の屈曲のない、おだやかな顔には善人方の女方の雰囲気が十分見られ、着附けの薄紅に年の若さが示されている。また二人の手の描写にも善悪の姿が見られる。二人の眼の形は違うが、目線が合っているのは、伊達の与作と乳人重の井の二人にそそがれているのであろう。これでこの絵は生きている。
 坂東善次は当時実悪方であったが、そう上級の役者ではなかったが、写楽は善次をこの絵の外にも描いている(第28図)。そのマスクを写楽は好んだのであろう。岩井喜代太郎は、半四郎の門弟で天明七年、かるもから喜代太郎となった。寛政六年当時は、「上上半白吉」の位にあり、第一流の女方ではなかった。写楽はつねに上級の役者ばかりは描いていない。そこに特色がある。

◆東洲斎 写楽(Sharaku Toshusai)◆
 1794年にデビューし、およそ10ヶ月間に約140点の錦絵を描いて、忽然と姿を消した江戸時代の浮世絵師。
 『江戸名所図会』などで知られる斎藤月岑が、写楽の本名は阿波の能役者、斎藤十郎兵衛であると、
書き残しているが、十郎兵衛の実在が確認出来なかったことから、誰か有名な絵師の変名ではないかと
いうことで、「写楽別人説」が唱えられた。

 写楽の作品は、殆どが役者絵である。描かれた役者と役柄から上演時期が判明しており、
役者絵の発表時期は4期に分けられる。なお、すべて蔦屋重三郎の店から出版されている。
第一期が1794年5月(28枚)、第二期が1794年7月・8月、第三期が1794年11月・閏11月、第四期が1795年1月に
当たる。写楽の代表作とされるものは第一期の作品で、後になるほど生彩を欠いてしまう。
このほかに相撲絵なども残している。

 画風はきわめて個性的で、勝川春草により始められた個性描写をさらに発展させ、鋭い観察眼をもって
俳優の表情や手の動きなどをとらえてそれを造形的に強調し、みる者に強く印象付ける。
しかし、当時は、その醜悪な程の迫真的な作風が俳優や観客の不評をかい、絵師としての生命を縮めた。
 大正時代に、ドイツの美術研究家クルトが、写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞し、
日本でも再評価されるようになった。





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