葛飾北斎『駿州大野新田』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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葛飾北斎『駿州大野新田』 |
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【作品解説】
42・駿州大野新田(View from Ohno Shinden in Suruga Province) 東海道の原と吉原の間で、「浮島ケ原」といって沼地あり、芦がしげり風情のあるところとして古来歌枕にもなっている。 その芦を刈った農夫たちが、夕やけの富士を背にして家路についている。5頭の芦をつんだ馬と 芦を背にした農婦が2人、これら人馬の描写が細密である。 ここらは富士が真正面である。白鷺が沼の上を飛んでいく。芦のしげる湿地帯を描いてその情緒がよく出て いる。 【作者略歴】 葛飾北斎(かつしか・ほくさい) 1760(宝暦10年) 蔦飾北斎生る。 1778(安永7年) 19歳、勝川春章に師事、春朗と号す。黄表紙のさし絵や役者絵をかく。 1780-1800(天明・寛政のころ) 歌川豊春、司馬江漢の影響をうけて、洋風技法を学び、遠近法、陰影法の研究を続ける。 1801(享和1年) 洋風技法による『くだんうしがふち』『たかはしのふじ』などの「ひらがながき」の洋風版画をかいた。 横文字でかいたようにみえるサインがある。 1814(文化11年) 『北斎漫画」をだしはじめる。嘉永2年(1849)まで続き、13編で一応完結。 1823(文政6年) 『富嶽三十六景』をかきはじめる。 1834(天保5年) 『富嶽百景』をかきはじめる。 1849(嘉永2年) 北斎没、享年90歳、作品は3万枚をこえ、『富嶽百景』は完結せず。 ※「富嶽三十六景」四十六枚は、古来日本人のすべてに愛され親しまれてきた富士山を中心に、自然界の風景を幾何学的要素に還元して見る手法を縦横に駆使し、清新な色調で組絵の面白さを求めた傑作で、北斎五十年間の画業は、まさに此処に凝縮されていたといえよう。 |
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