葛飾北斎『五百らかん寺さざいどう』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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葛飾北斎『五百らかん寺さざいどう』 |
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【作品解説】
21・五百らかん寺さざいどう(View from Gohyaku Rakan Temple) 五百羅漢寺は本所竪川五つ目にあり、江戸の名所の一つであった。「さざい堂」はその寺内にあった三層の堂宇で、そこから江戸の方の眺望があり、人々はここへ集まった。 その三層楼から眺めた富士で、町家の男、子供連れの女房、丁稚、そして札所廻りなどが、竪川越しに、そして江戸の彼方に見える晴天にくっきりと浮ぶ富士山を楽しんでいる。 これは一種の風俗画でもある。なお五百羅漢寺は現在目黒に移っている。 【作者略歴】 葛飾北斎(かつしか・ほくさい) 1760(宝暦10年) 蔦飾北斎生る。 1778(安永7年) 19歳、勝川春章に師事、春朗と号す。黄表紙のさし絵や役者絵をかく。 1780-1800(天明・寛政のころ) 歌川豊春、司馬江漢の影響をうけて、洋風技法を学び、遠近法、陰影法の研究を続ける。 1801(享和1年) 洋風技法による『くだんうしがふち』『たかはしのふじ』などの「ひらがながき」の洋風版画をかいた。 横文字でかいたようにみえるサインがある。 1814(文化11年) 『北斎漫画」をだしはじめる。嘉永2年(1849)まで続き、13編で一応完結。 1823(文政6年) 『富嶽三十六景』をかきはじめる。 1834(天保5年) 『富嶽百景』をかきはじめる。 1849(嘉永2年) 北斎没、享年90歳、作品は3万枚をこえ、『富嶽百景』は完結せず。 ※「富嶽三十六景」四十六枚は、古来日本人のすべてに愛され親しまれてきた富士山を中心に、自然界の風景を幾何学的要素に還元して見る手法を縦横に駆使し、清新な色調で組絵の面白さを求めた傑作で、北斎五十年間の画業は、まさに此処に凝縮されていたといえよう。 |
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