▲トップページ 作家別検索 分類別検索 技法・サイズ サイトマップ 商品問合わせ
★カートの確認・購入 カートについて 支払いと送料 特定商取引法の表記 メルマガ会員登録
Art Seibidou 【アート静美洞】 有限会社 アート静美洞
TEL:054-621-5261
FAX:054-621-5262
営業時間:10:00〜18:00
★絵画を日本全国へ発送
★プレゼント・ラッピングは無料
●電話・FAXでも注文可能です
E-mail:art@seibidou.com
 ★商品検索 
■サイト内リンク
▲戻る   トップページオフセットによる複製 歌川広重

歌川広重『御油(旅人留女)』

クリックで画像拡大
クリックすると別ページで拡大します
クリックで画像拡大  クリックで画像拡大

技法(種別)  
オフセットによる複製
 
額装サイズ
38×35cm

絵サイズ
26×24cm

新品 額付
 
店頭価格・ 8,640円(税込)
販売価格 4,320円(税込)

[作品のお問い合わせ]
在庫確認や納期のお急ぎの方は、ご注文前にお問合せ下さい
御油(旅人留女)
吉田から10.4里で御油の宿に入る。広重は、この宿場の夕暮時を描いている。
画題は「旅人留女」で、そこか旅篭屋をと、さしかかった旅人を宿の女が強引に
自分のところに引きとめ、引きずり込もうとしているユーモラスな一情景である。
一九の「膝栗毛」にも、「はや夜に入りて両側より出くる留め女、
いづれも面をかぶりたる如くぬり立てるが袖をひいてうるさければ・・・」とある。
絵も旅人が二人、弥次郎平喜多八を想定した絵かもしれない。広重は、
「膝栗毛」からヒントを得ている図をかなり描いている。このタックルのさまは
写実で人物の表情もよく出ている。旅篭屋の中では、すでに泊まりをきめた旅の侍が、
媼のすすめるタライで足をすすいでいる。この侍を引き入れた女であろう、
頬杖をついてタックル中の留女の次の成果を見守っているのも面白い。飯盛女が一人、
これもタックルを見守っている。宿場の夕暮時の風趣満点で留女の喧しい声が聞こえているようである。
この絵で注目されることは、絵の中に、版元・彫師・摺師・絵師の名を書き入れてあることである。
旅篭屋の店先に掛けられている定連の講中札に右から「東海道続画」「彫工治郎平」
「摺師平兵衛」「一立斎図」と記され、円形の中に「竹之内板」とある。
画中に絵師・版元などの名を趣向して入れることは浮世絵版画には度々見受けるが、
摺師・彫師の名まで入れることはあまりない。この大シリーズのスタッフをここで
公表することは、絵師・版元ともにこの作品に力を入れていることを示していたいと見ていい。

◆ 歌川 広重(Hiroshige Utagawa) ◆
1797 寛政九年、江戸・八代洲河岸火消屋敷の同心、安藤源衛右門の子として誕生。
    幼名・徳太郎の後、重右衛門、又は、徳兵衛とも称す。
1811 15歳の頃、歌川豊国の門に入ろうとしたが、門生満員で拒絶され、歌川豊廣に入門する。
1812 歌川の姓をゆるされ広重の名をもらう。
1830 「一幽斎廣重」と改め、花鳥を描いていたが、豊廣の死後、風景画を主に制作した。
1832 「一立齋」と号を改める。
    幕府の行列に加わり、上洛する機会を得て、翌年、『東海道五十三次絵』が誕生。大評判をよぶ。
1834 「東海道五十三次」完成。大評判をよぶ。
1838 「木曾街道六十九次」に参加、七十枚中四十六枚を描く。
1841 甲州に旅する。「立斎」を用いる。
1842 「甲陽猿橋の図」「行書東海道」「狂歌入東海道」など。
1843 「東都名所」完成す。
1849 「隷書東海道」
1853 「不二三十六景」
1856 「名所江戸百景」はじまる。
1857 「六十余州名所図会」完成。「雪月花」「阿波鳴門之風景」
1858 「名所江戸百景」完成。
   安政5年9月6日、疫病(コレラ)により逝去、享年65歳。



送料無料



[ HeRO Skin Ver 0.12 ]


Copyright© Art Seibidou corporation. All Right Reserved.