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東洲斎写楽『田辺文蔵の妻おしづ』

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画像2   
技法(種別)  
木版画 
額装サイズ
44×37cm
絵サイズ
30×20cm
新品 額付 用紙:越前生漉奉書・手摺り 復刻版
 
店頭価格 15,750円(税込)
販売価格 8,400円(税込)

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2・三世瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ
 この絵は寛政六年五月、都座の「花菖蒲文禄曽我」に出場する三世瀬川菊之丞の田辺文蔵の妻おしづの役であるが、田辺文蔵は石井兄弟の仇討を助け暮しの困窮にたえる役であるが、その妻おしづも夫とともに苦難に沈む役で、病身であるために鉢巻をしている。
この絵は写楽の女方を描いた図の内では一、二を争う名作といえる。それは役柄の寂しさの出ていることもさりながら、三世菊之丞の女方としての芸質をあますところなく描いているからである。ふっくらとした顔面、悠揚とした芸質がにじみ出ている姿態描写はただただ感銘の深かさを感ずる。ことに、この絵で驚くべき配色美を見せている。
それは写楽が最も好む色彩と思われる、紅と草の二色の下着である。それは僅かな部分でありながら全体の色彩をひきしめて、しかも女方としての派手さもうかがわしている技巧を示している。まことに写楽の独特な感覚の豊かさを見せた作品である。
 三世瀬川菊之丞は、天明、寛政時代の名女方で、女方で座頭にもなった。二世菊之丞の養子で、大阪の振付師市山七十郎の二男として生れた。
初名は市山富三郎、二世の養子となってから瀬川富三郎と改め、安永三年十一月に三代目をついだ。年毎に名声をあげ、江戸随一の女方となった。浜村屋大明神さまともいわれた。享和元年に俳名の路考を芸名とし、文化四年に仙女と改名、文化七年十二月、六十歳で没した。

◆東洲斎 写楽(Sharaku Toshusai)◆
 1794年にデビューし、およそ10ヶ月間に約140点の錦絵を描いて、忽然と姿を消した江戸時代の浮世絵師。
 『江戸名所図会』などで知られる斎藤月岑が、写楽の本名は阿波の能役者、斎藤十郎兵衛であると、
書き残しているが、十郎兵衛の実在が確認出来なかったことから、誰か有名な絵師の変名ではないかと
いうことで、「写楽別人説」が唱えられた。

 写楽の作品は、殆どが役者絵である。描かれた役者と役柄から上演時期が判明しており、
役者絵の発表時期は4期に分けられる。なお、すべて蔦屋重三郎の店から出版されている。
第一期が1794年5月(28枚)、第二期が1794年7月・8月、第三期が1794年11月・閏11月、第四期が1795年1月に
当たる。写楽の代表作とされるものは第一期の作品で、後になるほど生彩を欠いてしまう。
このほかに相撲絵なども残している。

 画風はきわめて個性的で、勝川春草により始められた個性描写をさらに発展させ、鋭い観察眼をもって
俳優の表情や手の動きなどをとらえてそれを造形的に強調し、みる者に強く印象付ける。
しかし、当時は、その醜悪な程の迫真的な作風が俳優や観客の不評をかい、絵師としての生命を縮めた。
 大正時代に、ドイツの美術研究家クルトが、写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞し、
日本でも再評価されるようになった。





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