葛飾北斎『相州梅沢左』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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葛飾北斎『相州梅沢左』 |
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【作品解説】
12・相州梅沢左(View from Umesawasho in Sagami Province) 浮世絵としてあまりに高尚で面白味がないと評する人もあるが、この絵で北斎は自己の澄みきった一つの心境をあらわしている作である。それは何により富士山の美しさである。 46枚中、「凱風快晴」につぐ稜線の美しさを見せた描写であり、この霊山に配して鶴の群を描いている様は、おそらく白々明けの心も澄み渡った北斎の画境といっていいであろう。 なお、画題の「梅沢左」は「梅沢庄」の誤彫であろう。 【作者略歴】 葛飾北斎(かつしか・ほくさい) 1760(宝暦10年) 蔦飾北斎生る。 1778(安永7年) 19歳、勝川春章に師事、春朗と号す。黄表紙のさし絵や役者絵をかく。 1780-1800(天明・寛政のころ) 歌川豊春、司馬江漢の影響をうけて、洋風技法を学び、遠近法、陰影法の研究を続ける。 1801(享和1年) 洋風技法による『くだんうしがふち』『たかはしのふじ』などの「ひらがながき」の洋風版画をかいた。 横文字でかいたようにみえるサインがある。 1814(文化11年) 『北斎漫画」をだしはじめる。嘉永2年(1849)まで続き、13編で一応完結。 1823(文政6年) 『富嶽三十六景』をかきはじめる。 1834(天保5年) 『富嶽百景』をかきはじめる。 1849(嘉永2年) 北斎没、享年90歳、作品は3万枚をこえ、『富嶽百景』は完結せず。 ※「富嶽三十六景」四十六枚は、古来日本人のすべてに愛され親しまれてきた富士山を中心に、自然界の風景を幾何学的要素に還元して見る手法を縦横に駆使し、清新な色調で組絵の面白さを求めた傑作で、北斎五十年間の画業は、まさに此処に凝縮されていたといえよう。 |
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