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水戸光圀  『遺訓』

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画像2   
【技法(種別)】
拓本 

【表装サイズ】
55×191cm

【絵寸法】
37×126cm

【補足説明】
表装済 桐箱 *作品は未使用ですが、経年しておりますので、多少の古さが目立ちます。予めご了承くださいませ。
 
店頭価格 105,000円(税込)
販売価格 39,900円(税込)

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 商品解説・作家略歴
■水戸光圀(徳川光圀)みとみつくに■
1628〜1700
寛永五年六月十日、水戸に生れる。
父は初代水戸藩主徳川頼房(家康の十一男)。母は家臣谷重則の娘、久子。
三男であったが、将軍家光の指示によって世継ぎとされ、寛永十年、江戸小石川の水戸藩邸に入る。
承応三年(1654)、前関白近衛信尋の次女、尋子(泰姫)と結婚。
明暦三年(1657)、駒込邸に史局を置き、『大日本史』の編纂に着手する(のち小石川に移し、彰考館と称す)。
寛文元年(1661)、水戸藩二代藩主となる。藩政改革に取り組み、種々の文化事業を興して明君と讃えられたが、五代将軍綱吉との確執から、元禄三年(1690)致仕を余儀なくされ、家督を頼重の子綱条(つなえだ)に譲って、久慈郡新宿村(今の常陸太田市郊外)の西山荘に隠居した。
同年、権中納言に叙される(中納言の唐名を「黄門」と言うため、後世、水戸黄門と通称されるようになった)。
同九年十二月二十三日、亡妻尋子の命日に剃髪。
同十三年十二月六日(西暦1701年1月4日)、薨去。七十三歳。義公と謚された。
常陸太田市瑞竜町の瑞龍山に儒式墓所があり、同市新宿町の久昌寺に義公廟がある。また水戸市常磐町の常磐神社に祭神として祀られている。

◎遺訓◎
徳川家康、伊達政宗と並んで日本三大遺訓と言われる、水戸光圀公の遺訓を拓本化したものです。

苦は楽のたね楽は苦のたねと知るべし
主人と親は無理なるものと思ひ恩を忘るることなかれ
下人はたらわぬものと知るべし
子程に親を思い子なきものは身にくらべて近きを手本とすべし
掟に怖じよ
分別なきものに怖じよ
朝寝すべからず 長座すべからず
小事もあなどらず 大事も驚くべからず
慾と色と酒はかたきと知るべし
九分は足らず 十分はこぼるると知るべし
分別は堪忍にありと知るべし
正直は一生の宝 堪忍は一生の相続
慈悲は一生の祈祷と知るべし




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