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正岡子規  『句碑拓本』

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画像2   
【技法(種別)】
拓本 

【表装サイズ】
30×149cm

【絵寸法】
22×66cm

【補足説明】
表装済 桐箱 *作品は未使用ですが、経年しておりますので、多少の古さが目立ちます。予めご了承くださいませ。
 
店頭価格 105,000円(税込)
販売価格 39,900円(税込)

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 商品解説・作家略歴
■正岡子規(まさおかしき)■
1867〜1902

批評家、俳人、歌人、ジャーナリスト。慶応3年9月17日生まれ。本名常規、幼名処之介、後に升(のぼる)。5才の時、病弱だった父の隠居で家督を継ぐが、その直後、父は死去。
勝山学校をへて、松山中学に入学。
明治16年、上京し、翌年、大学予備門に合格。夏目漱石と出会い、交友が深まる。5月、喀血。血を吐いて歌うホトトギスになぞらえて「子規」と号す。小説『月の都』を書くが、断念。陸羯南の主宰する新聞「日本」に入社。
明治27年、根岸の子規庵に転居。その後新しく創刊した「小日本」の編集責任者となるが、編集に参加した中村不折を通じて、写生の重要性に気づく。
明治28年、日清戦争従軍記者として遼東半島にわたるが、帰路、大喀血。神戸、須磨で療養した後、郷里の松山におもむく。激しい腰痛(のちに腰椎カリエスと判明)にも悩まされるようになり、以後、寝たきりの生活がつづく。
明治31年、東京にて「歌詠みに与ふる書」を「日本」に連載。「日本」の俳句欄の選者の他、散発的に原稿を発表するが、病状はいよいよ悪化。明治34年1月から『墨汁一滴』、9月から『仰臥漫録』を連載。
明治35年5月から『病状六尺』の連載をはじめ、死の二日前まで書きつづける。9月18日、絶筆三句を書き、翌日、35歳の短い生涯を終えた。




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