村上華岳『聖蓮華(しょうれんげ)』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||
| ▲戻る 掛け軸のホームページ > 木版画 > 聖蓮華(しょうれんげ) > 村上華岳 | ||||||||||||||||||||
|
村上華岳
作
『聖蓮華(しょうれんげ)』
|
|
商品解説・作家略歴 |
【作品解説・掛軸】 聖蓮華(しょうれんげ) 1937年(昭和12年)作、原画はメナード美術館所蔵 【作者略歴】 ■村上華岳(むらかみ・かがく) 明治21年 大阪市に生まれる。本名 震一。 明治28年 神戸市花隈にある叔母千鶴子の婚家、村上家に身を寄せる。 明治36年 京都市立美術工芸学校に入学。 明治37年 村上家の養子となる。 明治42年 京都市立絵画専門学校に入学。同期に入江波光、土田麦僊、小野竹喬らがいた。 明治44年 同校卒業、研究科に進む。卒業制作「二月の頃」が第5回文展に入選。褒賞となる。 大正5年 京都に移転。6月に神戸でインドの詩入、タゴールに会い、佛画を描き始める。第10回文展に「阿弥陀」を出品、特選となる。 大正7年 1月、土田麦倦、榊原紫峰、小野竹喬、野長瀬晩花らと国画創作協会を結成。第1回国展に「聖者の死」を出品する。 大正9年 第3回国展に「裸婦図」を出品。大正10年頃から喘息の発作が起きる。 大正12年 京都を去り芦屋に転居する。山と佛画を好んで描くようになり、その制作は宗教的な意味合いを強めてくる。 昭和2年 神戸花隈の養家に戻り、光存堂画室と名付ける。 昭和3年 国画創作協会解散、年と共に激しくなる喘息の発作と闘いながら求道的な思索を深め精神性の高い作品群が生まれる。 昭和12年 「聖蓮華」制作。 昭和14年 11月11日喘息悪化により急逝。絶筆は「牡丹」 【掛け軸寸法・体裁】 ■寸法 縦190cm×横40cm ■絵寸法 縦107cm×横30cm ■技法:古法手摺木版画 31版・120度摺 ■用紙:越前別漉二層和紙(岩野平三郎 福井県無形文化財保持者) ■彫師:松田俊蔵(京都木版画工芸組合副理事長) ■摺師:米田蔵造(京都府伝統産業優秀技術者) ■軸先 木製 ■箱 太巻き桐箱収納 ■箱書:華岳自筆画題を精細なシルクスクリーンにて印刷 |
| [ HeRO Skin Ver 0.12 ] |
