土田麦僊『金魚』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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土田麦僊
作
『金魚』
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商品解説・作家略歴 |
【作品解説・掛軸】 一匹の金魚が写実的な筆致で描かれております。優美な姿や面構えには風格さえ感じられますが、さらに面白いのは、金魚鉢どころか水さえ描かないこの構図です。空間恐怖症といって、西欧などでは何もない空白を恐れて画面を埋め尽くしますが、日本ではむしろ想像を遊ばせる『意味ある余白』として楽しむことが多くございます。麦僊は洋行後、かえって日本美への意識が高まったのでしょうか、金魚は実にのびのびと、無限空間を遊泳いたしております。 【作者略歴】 ■土田麦僊(つちだばくせん)■ 1887年 新潟県佐渡郡新穂村大字井内に生まれる 1903年 鈴木松年の門をたたき、息子松僊の教えを受ける 1904年 竹内栖凰に入門、『麦僊』の号を受ける 1908年 第2回文展に『罰』を出品、三等賞となる 1909年 京都市立絵画専門学校別科に入学 1911年 絵専を卒業、卒業制作『髪』が第5回文展に入選 1915年 第9回文展に『大原女』を出品、三等賞となる 1917年 国画創作協会設立 1918年 国画創作協会第1回展で『湯女』を出品 1919年 文展が帝展となり、無鑑査に推挙される 1921年 小野竹喬らとともに渡欧、欧州各国を回る 1923年 5月に帰国 1924年 第4回国展に『舞妓林泉図』を出品 1925年 本作品『金魚図』製作 1927年 フランスのレジョン・ドヌール・シュバリエ勲章と文部省教育美術賞を受ける 1928年 国画創作協会を解散 1929年 『舞妓』フランス政府買上げとなる。帝展に復帰。『罌粟』が宮内庁買上げとなる 1930年 帝展の審査員となり『明粧』を出品 1933年 朝鮮半島を取材。第14回帝展に『平牀』を出品 1934年 帝国美術会員となる 1935年 改組帝展の会員に任命される 1936年 逝去。享年49歳 |
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