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高橋泥舟  『真蹟拓本』

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【技法(種別)】
拓本 

【表装サイズ】
56×182cm

【絵寸法】
38×115cm

【補足説明】
表装済 桐箱 *作品は未使用ですが、経年しておりますので、多少の古さが目立ちます。又、鑑賞に支障はございませんが、裏面に原本である旨のペン書きが入っておりますので、予めご了承くださいませ。
 
店頭価格 126,000円(税込)
販売価格 36,750円(税込)

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 商品解説・作家略歴
■高橋泥舟(たかはし・でいしゅう)■
1835〜1903
槍術家・書家。山岡鉄舟・勝海舟と共に幕末三舟と呼ばれる。山岡鉄舟の義兄。

江戸において、旗本山岡正業の次男として生まれる。名、政晃。幼名、謙三郎。字、寛猛。通称、精一。号、忍歳、泥舟。妹・英子は山岡鉄舟の妻。母方の高橋包承の養子となる生家の山岡家は槍の自得院流(忍心流)の名家で、長兄高橋静山に就いて槍を修行、神業と謳われるほどの評判を得るまでになる。安政3年、22歳で講武所槍術教授。万延元年、同槍術師範となり、文久3年、上洛中の将軍家茂から浪士取扱を親諭され、勅許を奉じて従五位下に叙せられ、伊勢守を称する。慶応2年新設の遊撃隊の頭取。鳥羽伏見の敗戦後、帰東、謹慎する慶喜を警護にあたる。勝海舟が西郷隆盛との会談に際し、使者として泥舟を選ぶが、主君慶喜の身を案じ、それを辞退し、義弟山岡鉄舟の駿府派遣を提案した。廃藩置県後は、徳川家が静岡に移住するのに従い、地方奉行など勤め、東京に隠棲して書を楽しむなどの余世を送った。
明治36年2月13日、牛込矢来町の自宅で没す。享年69才。墓は東京都台東区谷中六の大雄寺。

◎真蹟(一張得絃琴)◎

一張得絃琴 弾者少古今
経之不聞衰 山高兮水深

ねじ上げる槍の切先を髣髴とさせる、気魄溢れる筆跡です。泥舟の残した数少ない行書の一つです。




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