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山岡鉄舟  『真蹟拓本』

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【技法(種別)】
拓本 

【表装サイズ】
41×175cm

【絵寸法】
29×119cm

【補足説明】
表装済 桐箱 *作品は未使用ですが、経年しておりますので多少の古さが目立ちます。予めご了承くださいませ。
 
店頭価格 105,000円(税込)
販売価格 39,900円(税込)

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 商品解説・作家略歴
■山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)■

1836〜88
幕末期の剣客、明治期の政治家。通称は鉄太郎、本名は高歩(たかゆき)。
幕臣の小野朝右衛門の5男に生まれる。
幼少は父の赴任地飛騨でそだち、このとき高山で井上清虎に一刀流の剣術をまなんだ。
のち、槍術家の山岡静山の妹と結婚し、山岡家をつぐ。静山の弟が幕臣、高橋泥舟(でいしゅう)で、勝海舟とともに幕末三舟とよばれた。
やがて幕府の講武所で剣術を指南し、1863年(文久3)から浪士組(のちの新選組)の浪士取扱いとなり京都に赴任するが、攘夷派(→ 尊王攘夷運動)の清川八郎らと対立し、江戸にもどる。
1868年(明治元)徳川慶喜の警固にあたる精鋭隊頭に任じられ、慶喜が恭順の意思をしめしていることを官軍に知らせるため、勝海舟の使者として、駿府の西郷隆盛のもとへ単身むかい、徳川家の存続を説いた。
これにより、勝と西郷の会見が成立し、江戸開城への道が開かれることになった。
明治時代になると、静岡県権(ごん)大参事、茨城県参事、伊万里県知事を歴任。
1873年からは明治天皇の側近として侍従や宮内少輔(しょうゆう)などをつとめた。
また、この間、無刀流を創始して道場も開いている。
墓はみずから創建した全生庵(東京都台東区)にある。
鉄舟は書家としても有名で、逸話も多い。金貸しが鉄舟に1000円をかし、数日後、証文を書いてくれるよう要求すると、鉄舟はあり合わせの紙に「なくて七癖わたしのくせは、借りりゃ返すがいやになる」と大書してよこした。
あきれた金貸しがその書をもちかえり、ある人にみせると、「書といい、文句といい、まことに絶品だ」といって、1000円でゆずってくれとたのんだ。
金貸しは、売らずに家宝にしたという。清水次郎長と交遊があったことも有名である。




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