白隠禅師(白隠慧鶴)『無』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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白隠禅師(白隠慧鶴)
作
『無』
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商品解説・作家略歴 |
発行:昭和53年11月20日 発行所:(株)講談社 製作:(株)大塚工芸社 ■白隠禅師(はくいんぜんじ)・白隠慧鶴(はくいんえかく)■ 1685年 駿河の原宿(静岡県沼津市原)で生誕。 1700年 地元の松蔭寺の単嶺祖伝のもとで出家する。沼津の大聖寺息道に師事する。 1703年 清水の禅叢寺の僧堂に掛錫するが、禅に失望し詩文に耽る。雲棲袾宏の『禅関策進』によって修行に開眼、諸国を遊方する。美濃(岐阜県)の瑞雲寺で修行。 1708年 越後(新潟県)高田の英巌寺性徹のもとで「趙州無字」の公案によって開悟。その後、信州(長野県)飯山の道鏡慧端(正受老人)のもとで大悟、嗣法となる。 1710年 京都の北白川で白幽子という仙人に内観法を学び、禅病が完治する。 1716年 諸方の遊歴より、松蔭寺に帰郷。 1763年 三島(静岡県)の竜沢寺を中興開山。 1768年 松蔭寺にて示寂。 曹洞宗・黄檗宗と比較して衰退していた臨済宗を復興させ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで歌われた。 現在も、臨済宗十四派は全て白隠を中興としているため、彼の著した「坐禅和讃」を坐禅の折に読誦する。 現在、墓は原の松蔭寺にあって、県指定史跡となり、彼の描いた禅画も多数保存されている。 |
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