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杜甫  『望嶽』

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【技法(種別)】
拓本 

【表装サイズ】
72×184cm

【絵寸法】
53×118cm

【補足説明】
表装済 桐箱 *作品は未使用ですが、経年しておりますので少々古さが目立ちます。予めご了承くださいませ。
 
店頭価格 126,000円(税込)
販売価格 50,400円(税込)

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 商品解説・作家略歴
■杜甫(とほ)■
712〜770年
字(あざな)は子美。号は少陵。河南省出身。
父は地方官であり、少年時代は刻苦して読書をした。
二十歳ごろから約十年、江蘇、浙江、山東、河北地方を旅行した。
三十歳のとき洛陽に帰り結婚。三十三歳のとき、洛陽で李白と会い、終生厚い友情で結ばれることになる。
三十五歳で長安に出たが、進士の試験には合格せず、生活に苦しみながら官職を得ようと努力する。
四十歳のとき、玄宗に奉った「三大礼賦」が認められ、集賢院待制となったが、一向に官位は与えられなっかた。
天宝十四(755)年(四十四歳)の冬、ようやく低い官職に任命され、奉先県にいた家族を見舞う。奉先県にあった杜甫は、ここで安禄山の乱に遭い、賊軍に捕らえられる。
長安に拉致された杜甫は、監禁生活の中で家族を思いやる「月夜」を作った。彼はやがて都を脱して粛宗の許に馳せ参じ、五月、左拾遺に任ぜられる。しかし、乾元元(758)年華州の司功参軍に左遷される。
乾元二(759)年、四十八歳の秋、飢餓のため、職を捨てる。これ以後、妻子を伴っての漂泊の旅が始まる。
同年、杜甫は成都(四川省)に至り、郊外に草堂を建てて住み、「客至」を作る。ここで五年間ほど比較的平穏な生活を送る。この間の一時期、親友の推薦によって、幕府の参謀、工部員外郎になっている。
永泰元(765)年、成都を去り、四川から湖北湖南地方をさすらう。
大暦五(770)年の冬、湘江に浮かべた舟の中で、その辛苦に満ちた生涯を閉じた。
五十九歳。彼は、その誠実な人柄と儒家的な信念から「詩聖」と呼ばれた。
李白とともに「李杜」と併称される中国を代表する詩人。
「杜工部集」四十巻がある。

◎望嶽◎
岱宗夫れ如何、斉魯青未だ了わらず
造化神秀を鍾め、陰陽昏暁を割く
胸を盪かして曽雲生じ、眥を決して帰鳥入る
会ず当に絶頂を凌ぎ、一覧して衆山を小とすべし

泰山とは、そもそもいかなる山か、斉・魯の国にまたがり、山の青さは尽きることがない。
天地創造の造物主が、比類無き霊妙を集め、陰陽の二つの気が、朝と夜を割っている。
我が胸を動かすように、雲が生じ、目を開けば、ねぐらに帰る鳥が山の彼方に吸い込まれる。
いつの日か、必ずこの山の絶頂をきわめ、周囲の山々を一望に見渡し、見おろすことにしたいものだ。

杜甫29歳の作で、杜甫の詩としては、「エン城の城楼に登る」と共に現存する最も若い時のものです。




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