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西行  『一品経和歌懐』

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【技法(種別)】
コロタイプ 

【表装サイズ】
66×117cm

【絵寸法】
47×27cm

【補足説明】
表装済 桐箱 *作品は未使用ですが、経年しておりますので、多少の古さが目立ちます。予めご了承くださいませ。
 
店頭価格 105,000円(税込)
販売価格 39,900円(税込)

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 商品解説・作家略歴
■西行■

1118(元永元)から1190(建久元)
平安末期の僧・歌人
魚名流藤原氏、鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)の9代目の子孫で、曾祖父の代から佐藤と称した。父は左衛門尉康清、母は監物源清経の娘。俗名を義清(のりきよ)(憲清、則清、範清とも)とも言われる。
北面の武士として鳥羽上皇に使え、和歌にすぐれ故実に通じた人物として知られていたが、1140年(保延6年)23歳の若さで出家。出家の理由は、種々推測されているが明らかではない。
出家後は洛外に草庵を結んで修行につとめ、一品経(いっぽんきょう)を勧進して藤原頼長を訪ねたりしたが、1144年(天養1年)ころ陸奥、出羽に旅して歌枕を訪ね、1149年(久安5年)前後には高野山に隠筒してしばしば吉野山に入った。
その間和歌に精進し、1151年(仁平1年)には《詞花和歌集》に1首入集、多くの歌人と交わったが、崇徳院、徳大寺実能、同公能、藤原成通らの死によって、しだいに公家社会から遠ざかった。
1168年(仁安3年)には四国へ修行の旅に出、讃岐国の崇徳院の白峰陵にもうでて院の怨霊を鎮め、さらに弘法大師の旧跡を訪ねた。その後、高野山の蓮花乗院を造営するための勧進を行い、同院の長日談義をはじめるなど、高野山の興隆のために活動した。 
1180年(治承4年)には伊勢国に赴き、二見浦に草庵を結んで、和歌を通じて祀官の荒木田氏などと交わった。
1186年(文治2年)、伊勢を出て東大寺再建の勧進のために再び陸奥に赴いたが、その途中鎌倉で源頼朝に会い、弓馬のことを談じ和歌についても語った。
陸奥の旅から帰った西行は、京都の嵯峨に住み、1188年に成立した《千載和歌集》には18首が選ばれて、歌人として重んぜられるようになったが、1189年、河内国の弘川寺に居を定め、翌1190年(建久1年)の2月16日、弘川寺で73歳の生涯を閉じた。
自選の歌集に「山家集」がある。




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