川合玉堂『投網』を特別価格で販売致します【アート静美洞】 | ||||||||||||||||||||
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川合玉堂
作
『投網』
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商品解説・作家略歴 |
【作品解説・掛軸】 この作品は昭和24年頃、玉堂76歳の頃の作です。新緑の木々の下、清流に投網を打つ人物に焦点を当てた玉堂独特の画面構成で、 まさに網を打たんとする一瞬の緊張感と、さわさわと風に揺れる細枝の柔らかな雰囲気が不思議な一体感となって画面一杯に広がっています。 何の変哲もない、ともすれば見過ごしてしまうような初夏の川辺の出来事を投網を打つ一人の人物の微妙な動きに 焦点を当てて作品に仕上げてしまう彼の非凡な画才に感嘆するほかはありません。 【作者略歴】 ◆川合玉堂(かわい・ぎょくどう)◆ 1873 11月24日、愛知県葉栗郡外割田村に、父・川合勘七、母・かな女の長男として生まれる。本名、芳三郎。 1887 岐阜県尋常高等小学校を卒業。 青木泉橋の紹介状をもって京都・望月玉泉の門に入り、「玉舟」の号を与えられる。 1890 勧業博覧会出品にあたり、玉泉の玉と外祖父・竹堂の堂をとって「玉堂」と改める。 1896 上京、橋本雅邦の門に入る。 1898 日本美術院創立。師に従ってこれに加わる。 1915 東京美術学校教授となる。 1919 帝国美術院会員となる。 1924 玉堂、小堀鞆音、下村観山、山元春挙、竹内栖鳳、横山大観、六の淡交会が生まれる。 1931 フランス、レジョン・ドヌール勲章を受章。 イタリアの皇帝より、グランオフイシェー・クーロンヌ勲章を受章。 1933 ドイツ政府より赤十字第一等名誉章を受章。 1935 帝国美術院会員に任命せられる。勲三等瑞宝章を受章。 1940 11月紀元2600年式典当日、文化勲章を受章。 1944 東京都下西多摩郡三田村町御岳に疎開、更に古里村白丸に転ずる。 1945 牛込若宮町の住宅戦災にあい焼失。三田村御岳に移り「偶庵」と称する。 1957 6月30日午後0時40分、心臓喘息病のため急逝。享年84歳(勲一等旭日大綬章を賜わる)。 【掛け軸寸法・体裁】 ■寸法 縦130cm×横75cm(尺八横) ■絵寸法 縦40cm×横52cm ■表装 三段表装・風帯付 ■箱 高級桐箱収納 ■コロタイプ作品 |
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